2008年 03月 11日
名古屋国際女子マラソン
日本全国民が注目したであろう、北京オリンピック女子マラソンの実質最後の一枠を賭けた選考レース。
その一枠に名乗りを上げた数人の選手の中に彼女はいた。
東京でもなく、大阪でもなく、最終選考のこの地を自分の勝負の地と決めた。
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しかし体調は万全ではなかった。後で明かされた右ひざ半月板の手術。当日下痢などの症状とウォーミングアップの時突然襲った右ふくらはぎの違和感。
本人も何が起こったかわからなかった。
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「夢はかなう」
夢はかなって欲しかった...
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スタート数秒前の緊張の瞬間。彼女は3レーンの最前列にいた。
下を向き腕時計のストップウォッチに手を伸ばした。
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12時15分、戦いの場に飛び出していった。
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しかし体調不良は容赦なく彼女を襲った。
序盤の9キロ辺りから先頭集団についていく事が出来ず、ずるずると順位を落としていった。
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しきりに右足に水をかけるシーンが見られた。
表情もかなり厳しそうだとファインダーを覗いていて感じた。
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レースは厳しい結果となった。序盤の遅れをそのまま引きずっていった。
1位の中村選手がゴールしてから20分近く経過して競技場に帰ってきた。
しかし観客は帰ることなく彼女を待った。姿を現した瞬間大きな声援が送られた。「Qちゃん頑張れ~!!」
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自己最悪のタイム2時間44分18秒でゴール。27位でレースを終えた。
ゴール後の彼女には笑みが見えた。諦めの笑みだったのか、吹っ切れた笑みだったのか。
競技後の記者会見で、引退は無いと言い切った彼女、取りあえず北京への道は立たれた。
しかし個人的に思うのだが、オリンピックだけがスポーツではない。
様々なレースで彼女の走りを見たいと思う。そして4年後のロンドンオリンピックも可能性はゼロではない。
彼女は35歳、今回のレースでもオリンピック代表目指した弘山晴美は39歳。
まだまだ彼女は走り続けるだろう。いや走り続けて欲しい。納得がいくまで。



一般参加者
42.195kmを走った人達全員に様々なドラマがあるのだろう。
挑戦した人たちだけにしか見えない世界があるだろう。
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by sportsgraphic_ys | 2008-03-11 00:37 | Field Athletic


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